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台風の翌日、足にしがみついてきた子猫は、白血病と腹膜炎のキャリアでした。

ヘッケ1子どものころから捨て犬や捨て猫を見つけては拾い、縁日のヒヨコはニワトリに育て上げ、常に犬や猫、鳥と暮らしてきた私が「保護」というものを初めて意識したのは、野良猫ヘッケとの出会いでした。

台風の翌日、当時住んでいた家の近所を歩いていたら、子猫が足にしがみついてきました。それがヘッケ。植え込みにはヘッケの親猫や兄弟猫もいました。エサやりさんの置いたエサがあり、当時の私は「ちゃんと誰かが面倒を見ている猫たちなのだ」と思いました。でも体の小さいヘッケは、大きい兄弟たちに追いやられ、置かれているエサにたどり着けないようでした。

「このままでは育たない。可哀想なので連れて帰ろう」とヘッケを抱き上げ、それほど深い考えもなく、家の猫たちに会わせる前に病院に行って健康診断を受けました。そして血液検査の結果、白血病と腹膜炎のキャリアだとわかったのです。猫には伝染する病気。家に連れて帰ることはできず、ヘッケは事務所の猫になりました。

この病気は3歳までに発症するといわれています。ヘッケの親兄弟がみんな一緒にご飯を食べていた姿を思い返し、お腹がポンポコリンのコたちがいたことに気付きました。お腹いっぱいにご飯を食べたからポンポコリンだったのではない……。すでに腹膜炎を発症し、腹水がたまっていたのです。

ヘッケの親や兄弟たちが心配で、たびたび様子を見に行きましたが、その数はみるみる減っていきました。発症したら対症療法しかなく、死に至る病気。医療行為を受けられない野良猫に訪れる死は、驚くほどあっという間です。痩せていく時間的な猶予すらありません。ご飯を食べ、兄弟でじゃれ合っていた子猫たちが、次々に死んでしまう。その時点で私がヘッケにできたことは、延命だけでした。そして、してあげられることは全てしたつもりでも、ヘッケと一緒に暮らせたのはたった半年……。

あまりにも早かったヘッケの死。そして初めて意識した「保護」。

ヘッケは愛らしい猫でした。教えてもいないのに、ボール遊びの「取って来い」ができて、本当に楽しそうに遊びました。そのくせ、事務所に来客があるとボールをくわえて自分からベッドに入り、来客が「失礼します」と言って玄関から出て行くまでは絶対に出て来ません。ドアが閉まる「カチャリ」という音を合図に、ボールをくわえて自分のベッドから飛び出して来るのです。

ヘッケ4そんなヘッケを、私は「頑張って仕事をしている自分に対する、神様がくれたご褒美」だと思っていました。ところが、私のそんな勝手な想いは、厳しい現実に叩き壊されます。野良猫の例にもれず、ヘッケは外での生活で病気になりました。どんなに手を尽くしても病を取り去ることはできず、あまりにも若くして死んでしまいました。

生きて行くのに充分な食事を得られず、寒さ、暑さにさらされ、伝染病や交通事故、あるいは人間の虐待によって、野良猫の寿命は3、4年だといわれています。一方、飼い主の適切な保護の下に室内で暮らす飼い猫は、10年以上生きることができます。

ヘッケが亡くなった後、「まだあの場所に残っているヘッケの親や兄弟たちを何とかしなくては」と思い、ご飯を運び、生き残った母猫と兄弟猫を連れて帰ったのが、私が初めて自分で意識して動いた「保護」の始まりでした。ヘッケと同じ病気のキャリアだった親猫と兄弟猫たち。1頭は、今も我が家で生きています。

命を簡単に捨てないで。救えるのは、その場にいるあなただけです。

私の友人たちは、不幸な命をひとつでも減らそうと、時間的にも経済的にも限界を超えて保護活動をしています。しかし、その行為を踏みにじるかのように、平気で命を捨てていく人たちがいます。「ここに置いておけば誰かが拾ってくれるだろう」「保健所に連れて行けば、楽に死なせてくれるだろう」と考える、身勝手で、浅はかで、心ない人たちがいます。

どうか今、私たちの目の前で必死に声を上げている小さな命について考えてください。彼らには、私たちと同じ感情があります。喜び、楽しみ、悲しみ、さびしさ、痛みを感じる体と心を持っています。もしも恵まれない命に出会ったら、どうか迷わず手を差し伸べてください。そのはかない命を救えるのは、偶然出会った、その場にいるあなたしかいないのです。

もしもあなたのお子さんが小さな命を拾って帰ってきたら、間違っても「元の場所に置いておいで」などと、口にしないでください。命に対してどうやって向き合うべきか、子どもたちは親の後ろ姿から学ぶのです。自分たちでは救えないなら、子どもと一緒にそのコの新しい家族を最後まで責任を持って探してあげてください。途中で投げ出してしまっては、子どもに「命を簡単に捨てる」すべを教えてしまうことになります。

思うように新しい家族を探し当てることができなかったとしても、「うちでは飼えないから」「面倒だから」と保健所(センター)に連れて行くことは決してしないでください。警察に届けるのも同じです。警察は、あなたの代わりにそのコを保健所(センター)に送る以外、何もできないということを理解してください。獣医さんの中には、新しい家族探しを手助けしてくれる人がいるかも知れません。そういう活動をするボランティア団体があることも知ってください。

生きている。ただそれだけで尊い小さな命が、最期まで光り輝くように。

命この世に生まれたことを知られることもなく、誰にも愛されることなく、人知れず死んでいく命は、きっととても多いでしょう。ヘッケは、まだまだ生きられたはずの、その輝いていた命の最後の半年だけを、私の家族として暮らしました。

次々とこの世に別れを告げたヘッケの兄弟たちのことを思ったら、お腹いっぱい食べて、のびのびと遊んで、自分の温かいベッドを持っていたヘッケは、それだけでも幸せだったのかも知れません。でも、その幸せな日々が、命の灯火の消えかかった最後の半年だけでは、あまりにも短すぎます。そして、本来ならヘッケの親も兄弟も、ひとつとして失っていい命ではなかったのです。

動物たちは、私たちが彼らに注ぐ愛情の何倍もの愛情と信頼を私たちに与えてくれます。「生きている」というただそれだけで、何よりも尊い価値のある小さな命たち。決して「人間の役に立つから」という理由でその命を輝かせているのではないのです。

彼らが生きていけない世界を、私たちは心ならずも作ってしまいました。そして今もその世界は維持されています。自分たちや子どもたちが生きているのはそんな世界だということを、もう一度、考えてみてほしいのです。小さい命が毎日、刻一刻と際限もなく、私たち人間の手によって消されていってしまうような世界は、私たちや子どもたちにとっても、決して生きやすい世界ではないはずです。

どうか1人でも多くの人が、彼らからの尊い贈り物を受け取ることができますように。
ひとつでも多くの命が、その持って生まれた本来の役目を果たすまで、光り輝くことができますように。

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